すべては口から!がんとお口のケアの話

がんの治療には、手術、放射線治療、免疫療法、抗がん剤治療など、さまざまな方法があります。がんの治療中は栄養管理や、精神的なサポート、体力維持、痛みのコントロールなどが欠かせません。しかし、意外と見落とされがちなのが「口腔こうくうケア」です。

実はお口の中の環境が、治療の経過や術後の回復に大きく影響することがわかっています。術後の合併症を防ぎ、治療をスムーズに進めるためにも、口腔ケアについて考えてみましょう。

口腔内の菌が全身の病気の原因に?

皆さんの歯の表面につく歯垢プラークの中には多くの菌が潜んでおり、総称して「歯周病菌」と呼ばれています。これらの菌が歯を支える歯茎や骨に炎症を起こすと「歯周病」と呼ばれます。歯周病が進行すると、歯茎が赤く腫れたり出血したりするようになり、長期間放置すると、組織が破壊され歯が抜けやすくなってしまいます。

また、歯茎には毛細血管が多く通っており、そこから血管内に菌が侵入すると、全身を巡ってさまざまな病気の原因となることがわかっています。

そして口腔内の細菌数は想像以上です。例えば1mlの唾液中には1億個の菌が存在すると言われています。

唾液1mlあたり約1億個の菌
プラーク1gあたり約1,000億個の菌
口腔内の細菌数

これは、塩ひとつまみ分の重さに相当するプラークの中に、1,000億個もの菌が存在するということを意味します。人体には腸内細菌も数多く存在しますが、これほど菌の密度が高いのは口腔内だけです。

「私は歯磨きをしっかりしているから大丈夫」と思う方もいるかもしれませんが、たとえ歯磨きを十分にしていても口腔内には1,000~2,000億個の菌がいるとされ、ケアを怠ると菌の数は1兆個にのぼるともいわれています。

これらの細菌が、がんの治療経過に影響を及ぼすリスクがあるのです。

歯周病菌と「がん」の意外な関係

近年の研究では、食道がん・大腸がん・口腔がん・膵臓すいぞうがんなどと、歯周病菌の関連が報告されています。

東京医科歯科大学の研究グループは、食道がんと歯周病菌の関係を調べるために、食道がんの患者61人とがん以外の患者62人から採取した唾液と歯垢を分析しました。(東京医科歯科大学 2020年:プレスリリース)。

その結果、食道がんの患者の約25%から歯周病菌( A.a.菌※1 )が検出され、がんでない患者からは1.6%と、明らかな差が確認されました。

また、次のような違いも見られました。

飲酒習慣(食道がんのリスク因子の一つ)17.1倍
唾液中の歯周病菌(A.a.菌)5.77倍
唾液中のSAG菌※232.8倍
食道がん患者と健常者で比べる、飲酒習慣や口腔状態の違い

このことから口腔内の環境や菌が、がんの発生に関係している可能性が高いと考えられています。

  1. アグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitans):歯周病菌の一つで、特に若い人に多くみられる「急速に進行する歯周病」に関与するとされる。
  2. ストレプトコッカス・アンギノーサス菌(Streptococcus anginosus):口腔内に含まれる常在菌の一つ。歯周囲膿瘍などの口腔内の感染症だけでなく、肺、肝臓、脳などの他の臓器に感染し、膿瘍(うみ)を引き起こすことがある。

がん手術と口腔ケア

手術前から始める口腔ケアの役割

たとえば食道がんの手術では、切除した食道を、上方向に伸ばした胃で補う再建方法がとられます。

このような消化器系のがん手術後には、いくつかの術後合併症が起きることがあり、その中には口腔と関係が深いものもあります。

術後肺炎

口腔内の菌が肺に入り、感染を引き起こす。

縫合不全ほうごうふぜん

消化管のつなぎ目から消化液などが漏れて炎症を起こす。口腔内の菌がつなぎ目の傷口に感染すると、重篤化じゅうとくかのリスクが高まる。

反回神経麻痺はんかいしんけいまひ

声がかすれたり、飲み込みがしづらくなったりする。

ダンピング症候群

食べ物が胃を通過する過程で血糖値の変動やめまい、動悸などを起こす。

これら合併症のうち、術後肺炎や縫合不全に対しては、術前の口腔ケアを行うことで発症や重症化の予防が期待できます。

ある研究※3患者さんの歯並びや歯の残り具合、性格や生活習慣などに合わせた個別の口腔ケアを行った場合と、通常の口腔ケアを行った場合を比較したところ、前者では、術後肺炎の発症率が大幅に低下しました。違いはただ一つ、「手術前の口腔衛生状態こうくうえいせいじょうたい」だったのです。

  1. 花岡愛弓ほか.周術期における歯科衛生士の専門的口腔衛生指導は食道癌患者の術後肺炎予防に有効である, 日本集中治療医学会雑誌 25(Suppl.) 67-1, 2018.

手術後の口腔ケアも大切です

術後の絶食期間中には、食べないことにより唾液が減少するため、口腔内には歯垢や舌苔ぜったい(舌の表面につく汚れ)が残りやすくなり、菌が増殖します。

術後の感染を防ぎ、回復を早めるためにも、歯磨きやうがいなどの基本的なケアは欠かさず行いましょう。

抗がん剤治療と「口内炎」

抗がん剤治療の副作用として多いのが、口腔粘膜の炎症=口内炎です。

抗がん剤治療によって粘膜が荒れ、細菌が感染することで痛みが悪化し、食事ができなくなるほど重症化することもあります。

口内炎を防ぐための具体的なケア

うがい薬を使う

殺菌抗炎症成分(アズレンスルホン酸ナトリウム水和液)が入ったうがい薬を用い、口腔粘膜に成分が行き渡るように、ゆっくり丁寧にうがいしましょう。

方法
1

やわらかめの歯ブラシを使う

硬い歯ブラシは、歯や歯茎を傷つける可能性があるため、抗がん剤治療中はやわらかく小さめの歯ブラシを使用しましょう。ただし、豚毛などの天然毛は乾きにくく、菌が繁殖しやすいので注意が必要です。

方法
2

ブラッシングは細かく丁寧に

ゴシゴシと強くこすらず、粘膜を傷つけないようにやさしく磨きます。

方法
3

治療前からの口腔ケアで口内炎を予防

ある研究※4では、抗がん剤治療前から口腔ケアの指導を行い、自身で十分なケアできるようになったグループと、そうでないグループを比較しました。

その結果、前者では口内炎が重症化しにくく、食事がとれなくなる人が少なかったことがわかりました。

一方で、十分にケアができるようにならなかったグループでは口内炎が悪化しやすく、平均5.5日間も食事がとれない状態が続いたという報告もあります。

  1. 花岡愛弓ほか.食道がん化学療法開始前から行なう専門的口腔衛生指導は重症口腔粘膜炎による食事摂取低下の抑制に有効か,日本静脈経腸栄養学会雑誌(2189-0161)32巻Suppl. Page606(2017.01)

口腔ケアががん治療の回復を支える!

がんの種類や治療法にかかわらず、「口腔ケア」は患者さんの体力や回復を左右する重要な支えです。治療前からお口の環境を整えることで、手術や抗がん剤の副作用を乗り越える力になります。

「口のケアなんて後回し」と思わず、「口の中の環境を整えることで、治療の負担を軽減できるかもしれない」と考えて、今日からできることを始めてみませんか?

少しでも気になることがあれば、歯科医師や歯科衛生士に相談し、あなたに合った口腔ケアを実践しましょう!

この記事を書いた人

園山 愛弓(そのやま あゆみ)


所属

岡山済生会総合病院 患者サポートセンター

資格

  • 歯科衛生士

参考サイト

※本記事は広報誌「やわらぎ」(193号:2025夏号)に掲載したものをWEB用に再編集したものです。

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