膵臓由来の病気に対する外科的治療について

膵臓手術の対象となる疾患は、膵の腫瘍性病変だけではなく、胆管の病変の一部や十二指腸の病気に対しても、膵切除を行うことがあります。胆管や十二指腸の病気については、そのことについて詳しく書かれている別の記載を参考にしてください。ここでは、膵臓由来の病気について説明します。

膵臓由来の病気で手術療法が必要となるものは、大部分が腫瘍性の病気です。腫瘍性の病気には悪性のもの、悪性と良性の境界のようなもの、良性腫瘍の3つに分けられます。悪性疾患の代表的なものは膵臓がんです。神経内分泌腫瘍も悪性疾患と考えられますが、膵臓がんよりは頻度が低いです。悪性と良性の境界病変としては、膵管内乳頭状粘液性腺腫や粘液性嚢胞腺腫などの疾患があります。良性腫瘍としては、単純性嚢胞や漿液性嚢胞腺腫などがあります。通常良性腫瘍は特別な場合を除いて手術療法の必要はありません。手術療法が必要となるものの大部分は膵臓がんです。ここでは膵臓がんを中心に解説します。

膵臓がんの診断

膵臓がんといえば、通常は浸潤性膵管がんを指します。膵臓がんは治りにくいがんの代表といえます。その理由として、膵臓は腹部の奥深くに存在する臓器であり、症状が出現しにくいことや、がん自体が小さいものであっても進行が早く、悪性度が高いものが多いことなどがあげられています。がんが早期といわれる状態、すなわち転移がなく、周囲臓器に浸潤する前に診断する方法がまだみつからないため、手遅れになりやすいのです。腹痛などの症状がでるとすでに周囲臓器に浸潤していることが多く、発見時には手術ができない状態であることも多いと言われています。膵臓がん全体から言うと、5年生存率は5%で、根治手術ができた患者さんは3-4割というデータもあります。
糖尿病は膵臓がんの危険因子のひとつです。糖尿病の悪化ががんによることがあり、注意が必要です。
膵臓がんは、発生部位で膵頭部と体尾部に分けて扱います。手術方法がそれぞれで異なるからです。また、症状も違います。膵頭部がんは、腹痛、黄疸が出やすく、体尾部がんは腹痛、腰背部痛、食欲不振などです。いずれの部位でも、浸潤性膵管がんの予後は不良です。膵臓がんの診断に必要な検査としては、腹部超音波検査、単純・造影CT検査、単純・造影MRI検査、内視鏡下超音波検査、超音波内視鏡下針生検(EUS-FNA)などがあります。どういった検査を行うかは、患者さんの全身状態や病変の状態でも変わってきます。また、診断までの検査は通常は消化器内科で行うことになりますので、詳細については消化器内科医(胆・膵内科)へお問い合わせください。

膵臓がんの治療

膵頭部がんでは、通常膵頭十二指腸切除の適応となります。膵体尾部がんでは、膵体尾部切除の適応となります。前者は、膵頭部と隣接する胆管と十二指腸を切除します。この手術について解説します。術後の胃および吻合部の潰瘍が問題で、以前は胃も切除するのが一般的でしたが、最近では、全胃幽門輪温存あるいは、亜全胃温存といって、胃を大きく残す術式が普及しています。このほうが術後栄養の点で利点が大きいといえます。年齢的に80歳代でも、元気な方なら十分手術可能と考えています。
いずれの手術においても、非常に侵襲の大きな(体に負担の大きい)手術となります。以前は神経叢やリンパ節郭清を広範囲に行うこともあり、そういった手術を行うと非常に強い下痢にみまわれたり、血圧低下といった症状により、日常生活に支障をきたすことがありました。現在では、こういった手術は生活の質を落とすだけではなく、病気の治療成績がよくなることにもつながらない、ということが大規模な臨床試験の結果明らかになっています。そのため、当院では手術後の生活の質をできるだけ担保するような手術を行い、その後化学療法(抗がん剤治療)を行うという治療法を選択しています。この方法により、生存率は改善されてきています。詳しくは、以下の成績の項目もご参照ください。

膵頭部がんと膵体尾部がんの手術方法について、簡単に説明します。術後の合併症については多岐にわたるのでここでは割愛します。手術療法が考慮される段階になれば、改めて詳しくご説明します。手術療法を選択するかどうかはすべての説明をお聞きいただいた後で、患者さんご自身の意思で決めることができます。医療者側から治療を強要するようなことはありませんので、ご安心ください。

膵頭部がんの手術

膵頭部がんのときは、膵頭十二指腸切除術という手術を行うことが一般的です。胃をどれくらい切除するかによって、いくつか分かれます。胃をすべて温存するもの(幽門輪温存、もしくは全胃温存)、胃を少しだけ切除するもの(亜全胃温存)、胃を1/2~2/3程度切除するもの(通常の膵頭十二指腸切除)の3つがあります。
どの術式になるかは、がんの進展具合や、過去の腹部手術歴などで決まります。膵頭部がんでは、膵頭部周囲のリンパ節や神経も一緒に切除することもあります。切除した後には、膵液、胆汁、食物が再び腸の中を流れることができるように、それらの通り道を作り直す(再建する)必要があります。具体的には、残った小腸に膵臓(膵管)、胆管、十二指腸(あるいは胃)とつなぎます。これらのすべての操作を含めて、手術時間は最低7~9時間かかります。切除だけでなく再建も丁寧に行う必要がある手術ですので、ご理解ください。
また、膵頭/体部境界には門脈という消化管から肝臓へ流れる太い血管が接しています。がんがこの血管まで広がっている時は、一緒に切除して直接つなぎ直すか、体のほかの部分の血管を用いてつなぎます。 

肝臓、胃、脾臓、胆管、膵体尾部、膵頭部、十二指腸、乳頭部
切除臓器の一例(実際と異なる場合もあります)
切除臓器の一例(実際と異なる場合もあります)

膵体尾部がんの手術

膵体尾部がんに対しては、膵体尾部切除術を行うことが一般的です。通常は脾臓も併せて切除します。膵体尾部周囲のリンパ節も一緒に切除します。これらのすべての操作を含めると、手術時間は最低で4~6時間かかります。左副腎も切除することが多くあります。また、膵体尾部は胃、大腸、左腎臓などと接しており、がんの広がりによってはこれらの臓器の合併切除が必要になることがあります。また、膵頭/体部境界には門脈という太い血管が接しています。がんがこの血管まで広がっているときは、この血管を膵臓とともに切除し、直接つなぎ直すか、体のほかの部分の血管を用いてつなぎます。

肝臓、胃、脾臓、胆管、膵体尾部、膵頭部、十二指腸
切除例(実際と異なる場合があります)

膵頭部がん、膵体尾部がんのいずれにおいても開腹手術が中心となりますが、病気の進行度や全身状態によっては腹腔鏡下手術、手術支援ロボット(da Vinci)を使用した手術といった低侵襲手術も可能な場合があります。特に、腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術については、岡山市では唯一の施行認定施設であり、施行認定医(仁熊・児島)も2名在籍しています。適応については、がんの進行具合によりますので、お気軽にお問い合わせください。

膵臓がん以外の手術

前述のとおり、膵臓がん以外の膵疾患においても、膵切除術を行うことがあります。腫瘍の場所により、膵頭十二指腸切除術もしくは膵体尾部切除術が行われることが多いです。ときには膵中央切除術という、膵の真ん中だけをくりぬくような手術を行うこともあります。
手術のだいたいの部分は上記に記したとおりです。膵臓がんの手術と比較して、リンパ節を切除する量や周囲臓器を切除することは少ないことが多く、体には負担が少ない手術ができることが多いです。また、前述したような低侵襲手術(腹腔鏡下手術やロボット手術)の対象となることも多いと思われます。詳細については担当医にご相談ください。

膵臓がんの手術成績

膵臓がんは非常に治療成績が悪いがんとして有名です。2020年3月に公表された統計では、全症例(手術例と非手術例の両者を合わせたもの)の5年生存率は10%を下回っていました。手術例全体の5年生存率も約25%であり、決して満足いくものではありません。当院では、膵臓がんの治療成績向上のためには手術療法だけでは不十分であると考え、さまざまな治療法(抗がん剤治療や放射線治療など)を組み合わせて治療を行っています。また、抗がん剤治療なども継続しやすいように、体に負担の少ない安全な手術を心がけています。

すべてのがんは、進行度によりステージが0からⅣまで規定されています。膵臓がんでももちろんステージが規定されていますが、近年では切除術ができるかどうかということに主体をおいたがんの進行度分類が使用されることが増えています。これは手術ができるかどうかが治療成績に大きく影響することと、治療法が大きく変わることが理由です。以下に切除可能性による病期分類をおおまかに解説いたします(詳細な規定は専門書を参照してください。ここではわかりやすいように簡略化した説明としています)。

  1. 切除可能膵がん(Resectable)
    膵周囲の主要な動脈にがんの進展がないもの。また上記でのべた門脈という血管へのがんの進展がない、あるいは軽度のもの。
  2. 切除可能境界膵がん(Borderline resectable)
    膵周囲の腫瘍な動脈へのがんの進展を認めるが、軽度であるもの。また門脈へのがんの進展を中等度に認めるもの。
  3. 切除不能膵がん(Unresectable)
    局所進行タイプと遠隔転移を有するタイプに分けられます。局所進行タイプは上述したような血管へのがんの進展がさらに高度となり、切除ができないものです。遠隔転移を有するタイプとは、診断時に肝臓や肺などへのがんの転移が認められているものです。

当然ですが、治療成績は1→3の順に悪くなっていきます。手術療法の対象となるのは、例外はありますが1と2です。3については通常は薬物治療の対象となります。

当院の膵臓がん手術成績

・手術からの生存率 ・手術からの月数

切除可能膵がん、切除可能境界膵がんともに約50%の5年生存率になっています。両者がほぼ同等である理由としては、治療方法の違いがあると考えています。今まで当院では、切除可能膵がんの患者さんには、まず最初に膵切除術を行い、その後補助化学療法(抗がん剤治療)を行ってきました。切除可能境界膵がんの患者さんには、術前に抗がん剤治療もしくは抗がん剤+放射線治療を行い、その後膵切除術を行い、さらに術後抗がん剤治療を行ってきました。そのことにより、両者がほぼ同等の治療成績になっていると考えています。現在では、切除可能膵がんの患者さんにも手術前の抗がん剤治療を加えることを基本にしています。手術治療だけでは膵臓がんの治療としては不十分であると考え、抗がん剤治療もスムーズに行うことができるような手術法、手術手技を行うようにしています。このことも当科の特徴です。
膵臓がんの手術成績も以前と比較し、よくなってきています。長生きされている患者さんも多くいらっしゃいます。さらに成績がよくなるように努めてまいります。“膵臓がんは不治の病”と思われていた部分もあったかもしれませんが、決してあきらめず、なんでもご相談ください。

他の膵腫瘍に対する手術成績

膵臓がんと比較すると、おおむね良好です。特に良性の腫瘍であれば、通常は切除のみで治療が終了となります。また、まれな疾患ですが、膵神経内分泌腫瘍という悪性腫瘍があります。この腫瘍については、さまざまな治療法を組み合わせて行うことで、治療成績も向上してきています。当院でも多くの診療経験を有していますので、まれな膵臓腫瘍についてもご相談ください。